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原城一揆祭り

江戸時代初期に起きた「島原の乱」の舞台となった長崎県南島原市南有馬町の国指定史跡「原城跡」で8、9の両日、春恒例の「原城一揆まつり」が開かれました。
9日、急に思い立って見物に出掛けました。今にも降り出しそうな曇り空でしたが何とか1日持てました。
快晴であれば、艶やかな衣装がもっと美しかったろうと思います。


一夜城

徳川幕府を悩ませ、日本を鎖国への道と歩かせた「島原の乱」。

16歳の少年であった一揆軍の総大将「天草四郎」が3万7千余人とともに戦ったのがここ「原城」です。


有馬時代の城を再現した「夢一夜城」が今年も建てられました。

城は、高さ15m、幅16mのベニヤ板製の一夜城。
城のほかに大手門や塀を合わせると、ベニヤ板150枚を使って、ボランテアグループ20人がペイント2リットル缶20缶で作り上げた労作だそうです。
幕府軍の総大将。
有馬藩の藩主・板倉重昌に扮した地元の若者。

貫禄がありますね。
2日前から総大将の役つくりに徹していたとインタビューで話していました。
家族の奥さんや子供たちは、この2日間遣えるのに大変だったろうと思います。
一揆軍の総大将

こちらは「原城一揆祭り」の主役・天草四郎時貞

扮するは、地元南有馬中学校生徒会長とのこと。
インタビューでは「四郎時貞に選べれて光栄です」と話していた。
また「緊張しています」と言って口も真一文字に結んで毅然としていました。
若くて、凛々しい顔立ちが印象的でした。

やはり農民の味方として幕府と戦う総大将としては笑顔を見せるわけにはいかなかったのでしょう。
出陣式

旧南有馬町役場広場に集合した一揆軍と幕府軍。
画面左は幕府軍、右は一揆軍。

ドラの音を合図に、エイ、エイ、オーの気勢を上げ、ホラを吹き原城へ出発しました。

その様子はBGMでお聞きください。
原城へ向かう一揆軍と幕府軍。

先頭が天草四郎率いる一揆軍。

後方が板倉重昌率いる幕府軍。
一揆軍にはせ参じた、正真正銘のキリシタン信者?

この3人に、どうして参加したのか、何処出身なのかと尋ねましたがほとんど日本語が理解できなくて聞き出せませんでした。
インタビューしたこちらの日本語が方言だったからかもしれませんね。
一揆軍としてホラを吹く出演者

根も葉もないことを吹聴する人を「あの人はホラ吹き」と言いますが、この人は、出陣式の直前まで真剣に練習していました。

本当のホラを吹くのは難しいようです。
本番では、どうにか役目を果たしました。
BGMでお分かりのように、最初の1回は順調でしたが2回目の音がなかなか出なくて苦労されました。
南蛮絵師・山田右衛門作。

天草四郎の篭城に、幕府軍として乱入した小笠原右近大夫の家人に見付けられて助命され、島原の乱でたった一人の生き残りとなった一揆軍の数奇にして多彩な芸術家。

助命された与茂作(山田右衛門作)は松平信綱に連行され、江戸に上り絵を書いたとか、キリシタン目明しになったとか・・・・。

絵の修学についてはポルトガル人に従って西洋画法を学んだとか、有馬セミナリヨ(キリスト学校)に通って耶蘇画像を書いて学んだとか、これまたいろんな説があるそうです。

島原の乱を彩る実に劇的な人物ですね。

旗はその耶蘇画だそうです。

参考  久留米大学教授・竹村覚氏の著書から
 
初めての参観でとても楽しい1日でした。
それぞれの役に扮する出演者にインタビューさせてもらいましたが、快く応じてくださいました。
「島原の乱」についての歴史を改めて勉強させてもらいありがとうございます。

また、録音したものを試みとしてBGMに使ってみました。
如何でしたか。やはり職場で見ていただく方には不評かとも思いましたが・・・。

「暮らしの音色」でもインタビューの様子をアップします。こちらへもお越しください。

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