先人たちの働く姿

 この写真集は昭和7年から8年(おおよそ70年前)に撮影された国道新設工事の記録写真の中から、働く人たちの服装や、工事機械、道具、工法など今では見かけなくなったものもを主に纏めたものです。
 セピヤ色の写真と現在の姿を比較しながらご覧ください。

※ 昭和6年8月、長崎県西彼杵郡多良見村喜々津(現・多良見町)に、内務省九州土木出張所長崎国道改良事務所が設置され、1級国道34号のうち、長崎市から諫早市に至る間の改良工事を着手し、昭和13年に工事が完了しています。
 この写真は国土交通省(旧・建設省)長崎工事事務所庁舎が昭和37年大村市から長崎市へ移転した際、焼却処分される不要書類の中から拾って保管していたものです。
 一個人が書棚に飾っておくのはもったいないので、インターネット上で公開することにしました。
 
 写真枚数が多いため3〜4枚を一組にし、随時連載します。

         なおこの写真の無断転載はお断りします。ご使用の場合にはご連絡ください。

第2回 人海戦術

砕石運搬。
 工事用の砕石を貨車から卸しているところです。貨車1台に10人以上の人が働いていますね。
 一旦卸してから工事現場まで今度は右端に見える荷馬車に積み替えて運ぶ計画ではないでしょうか。現在は採石場でショベルカーがダンプトラックに直接積み込み工事現場まで運びます。
 ショベルカーとダンプの運転手2人で同じ仕事ができるような時代です。
トロッコ押し。
台車に土を載せ運搬する。ダンプトラックがなかった時代はこうして土を運んでいました。この写真は土を卸したあと積み込み場所に戻っているところのようです。土運びは高いところから低いところに運ぶのが原則です。
この写真ではトロッコは何台も連結しているように見えますが一台ごと別々になっています。坂を下るときのためにブレーキもあります。一台のトロッコを2〜3人で動かしているようです。
コンクリート打ちこみ作業。
人海作戦の見本のような工事風景です。何と20人もいます。橋の上のコンクリート舗装をしているところです。手前の二人はセメント、砂、砂利を混ぜ合わせています。手製の木の升には砂利が、その先には砂を入れた桶もあります。ザルもあるようです。
懐かしい道具ばかりですね。
現在は生コン車が運んできますから生コンを均す人3〜4人ぐらいでできる仕事です。

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