イタリア旅行記

第12回 印象に残った画像
 長い間、拙いイタリア旅行記にお付き合いいただきありがとうございました。
 最終回は、これまでに掲載できなかった画像の中から私好みの画像を拾い上げてみました。その結果は『旅行雑誌、絵葉書などでよく見かける観光的写真はできるだけ省き、亀の目線で・・・。』と当初宣言していたにもかかわらず、新鮮味のないありふれた画像になってしまいました。
 しかし、今回の旅で印象に残っている画像に変わりはなく、ある意味では旅行雑誌、絵葉書などによくでてくる写真は、旅行者を惹きつけるポイントであるということも言えるのではないでしょうか。

ここは美術館ではありません。
イタリアへ第一歩を踏み入れ一夜を明かしたホテルの化粧室です。
細心の照明に惹かれました。
朝出発前の時間でしたがロビーに置いていたカメラを急いで取りに戻り写したものです。
(ミラノ)

スフォルツッスコ城(ミラノ)

噴水を取り込み正面から写したものもありますが、数多くとったこのお城ではこの角度が一番気に入っています。
一辺が約200mの長い城壁の隅の風景です。

古代劇場「アレーナ」(ヴェローナ)

世界遺産に登録された大円形劇場です。
ヴェローナは古代から中世にかけ、北イタリアの交通の要所として栄えた町です。
サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会(ヴェネツィア)

ヴェネツィアはどこを撮っても絵になるところばかりでした。その中からどうしてこれを選んだの?といわれそうですが・・・。
豪華客船がゆっくりと進み、サン・ジョルジョ島にうかぶサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の2000年前の風景を包み込んでしまう、数秒間のドラマは予想していなかった瞬間で夢のような出来事でした。
ヴェネツィアの運河

対岸の建物が朝陽に映えて見事でした。
手前の船はゴンドラです。
ヴェネツィアは水の都であり、杭の都でもあります。
両岸にはどこえ行っても杭が林立してゴンドラが係留されています。
ヴェネチェアの運河

リアルト橋から写した運河の風景です。
リアルト橋は観光の名所で橋そのものを写した写真はたくさん出回っています。
思い出に残るようにと思って逆に橋の一番高いところから写しました。
ヴェッキオ橋(フィレンツェ)
観光写真でよく見かけるアングルです。
あえて取り上げたのは、一般市民が利用する橋ではなくヴェッキオ宮殿とピッチィ宮殿を結ぶ回廊だということで印象に残りました。外観は橋でも内部は美術館になってますがここまでは行きませんでした。
大聖堂の丸天井(フィレンツェ)
花の聖堂・サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の天井画は『最後の晩餐』が描かれています。
天井の円蓋は直径42m、高さ100mあり、これまでの型枠と足場を組む工事方法では不可能といわれたそうです。
建築家フイリッポ・ブルネッレスキは足場を作らず、大円蓋を二重構造にすることを考えだし、16年の歳月をかけて完成したと言われています。
大聖堂の工事は後の建築家達に受け継がれ、着工から600年後に完成したそうです。
いま世界で1世紀後を目標にしたプロジェクトがあるでしょうか。
カプリ島
ナポリからカプリ島へ渡る船の中から写したものです。イタリアの建物はほとんどの屋根はレンガ色になっています。このカプリは違っていました。白い建物が多く明るい感じの島でした。
青い海に逆さに写る白い建物が印象に残っています。
カプリ島の青い洞窟
この瞬間に出会えて旅は成功だったと思います。この光景を見れるチャンスは50%以下の確率だと聞いていただけに感動の一瞬でした。
ポンペイ遺跡
これもありふれたアングルですがお気に入りです。
当時の繁栄ぶりが偲ばれます。
コロッセオ(ローマ)

8年かけて紀元80年に完成した巨大娯楽施設、といっても分かりにくいですね。大きさ、広さをを比較するための尺度になっている東京ドームの収容人員は55000人、このコロッセオは50000人というからほぼ同じ収容施設だと思ってよいでしょう。
娯楽施設には違いないが、コロッセオは奴隷、捕虜、罪人たちが生と死をかけて猛獣と闘った円形闘技場でありました。
これは皇帝が市民の人気取りのため催した闘技というから残酷な話です。
完成当時は外観を白い大理石で化粧されていたが後世になって建築資材として持ち去られ、、いまは骨組みだけが無残な姿で残っています。
剣闘士と猛獣の墓場でもある、と観光に訪れた人の何割が思ってくれるでしょうか。
華やかさより、権力者の傲慢さと、弱者、動物たちの哀れさが伝わってくる場所でした。

長い間、最後までお付き合いくださいましてありがとうございました。

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