苦あれば楽あり?
月  日  平成15年6月29日

山  域  多良岳山系

行  程  郡岳西登山口〜郡岳〜遠目山〜春日越〜岩屋越〜釜伏山〜つげ尾〜黒木登山口

苦あれば楽あり?  

山登りに興味のない人はたぶん「そこまで苦労して身体をいじめなくでも」と思うだろうし、また理解できないかもしれない。

先日、多良岳山系を縦走した。実はこのコース、屋久島・宮之浦岳縦走のトレーニングとして初め計画していた。しかし、樹林帯の中で視界が悪く面白くない、アップダウンが多く路が険しい、との不評で取り止めにした経緯がある。

郡岳西登山口から遠目越え、春日越え経由で経ヶ岳に登り、つげ尾から大払を通り黒木登山口に下りて来るコースは時間にして8時間かかる。

 どうしてこのコースを歩いてみようと再度思い立ったかというと、霧島縦走が思ったより苦労もなく順調に終わり、この体力だともっとハードな所で試して見たいと欲が出てきた。もうひとつは、屋久島出発まで半月のブランクがありその間のトレーニングをこのコースでやってみようと意見が一致した。

 多良岳縦走の話を聞きつけ、屋久島を目指す3人のほかに二人が加わった。

 今年、古希を迎えた女性のAさんは、8月下旬、南アルプスの塩見岳をめざし目下訓練中で、この潮見岳に登頂すれば深田久弥の「日本百名山」すべてを制覇するという元気印の人である。

 もう一人のBさんは屋久島には同行しないが、霧島を一緒に縦走した仲間で足に自信をつけ一歩前進しての力試しというわけである。

 屋久島に登る三人組は、最低15キロを担ぐという条件で出発した。

 二、三日前から降り続いた雨でたっぷりと水を含んだ路は滑りやすい。天気予報では梅雨の晴れ間になるはずであったが雲は低く今にも降り出しそうな雲行きである。

 路の両脇の低木は葉っぱに雨露を宿し、触れると水玉をなって落ちてくる。登山口から郡岳に辿り着く2時間足らずの間に腰から下はずぶ濡れになった。

 郡岳まで来れば、当分はなだらかな尾根歩きで、やせ尾根もなく楽な路になる。

全行程のなかば付近に来るとこのコース本来の本性が現れてくる。岩場と滑り安い粘土質の路は急勾配の登り降りと目まぐるしく変化し、歩くリズムを狂わせる。いつもより重い荷物で足取りは重く、滑りやすい岩や木の根っこに神経を集中しなければならない。

木立に掴まって進む手は木の垢でぬめり何回も掴みそこない冷や汗をかいた。ズボンに手をこすりつけ、ぬめりを取ながらの歩きは晴天の時と違って手数がかかってしようがない。

屋久島は、月に35日雨が降るといわれている。たぶん屋久島縦走は雨を覚悟しておくべきで、そのための訓練だと思って我慢するしかない。

気分転換に写真でも眺めてください。
朝6時半ごろの萱瀬(かやぜ)ダム湖から眺めた多良山系です。
画像左上の山々の奥が縦走路になります。天気が良い日には正面に多良岳山系の盟主・経ヶ岳が聳えていますがこの日はガスがかかって見えません。

「12時になったぁ!」Cさんが大きな声を出した。予想では全行程の三分の二を午前中で通過するつもりであった。しかし、ようやく半分の位置まで来た感じでかなり遅れている。

いつもより担ぐ荷物が重いこと、雨で足場が悪く慎重になり過ぎていることなどが遅れの原因だと納得できるが、この先の険しさを知っているだけにこのペースだとかなり遅れて日没になってしまいそうだ。

このコースを経験しているのはAさんと私の二人だけである。折り返し点の経ヶ岳は取り止め、途中の「つげ尾」から黒木に下山すれば予定の時間に下山はできそうだ。ここで昼食をとりエネルギーを補給し、体力を回復した方が得策のようである。「ここで飯めし!」と応えてザックを卸した。

視界の効かない山の中を歩き続けるストレスの解消には、ゆっくりと休憩し、食事をするのが一番だ。一時間の昼食時間にした。

 昼食は屋久島縦走を想定したもので、レトルト御飯に乾燥スープなど取り出しコッヘルでお湯を沸かし本番さながらの調理である。最後はコーヒーを沸かしで締め括った。これも本番のためのリハーサルである。予定の一時間で食事の時間は終わった。

 元気を取り戻し、再び重いザックを担いで歩き出した。やせた尾根の岩場を越え、あるときには急な岩場のザイルに掴まりながら足を下ろした。

これで最後だ、これで最後だ、と何回も同じことを言いながらピークを越えた。「つげ尾」に辿り着いたときにはいくつピークを越えたのか憶えていなかった。疲れ果て思考力は完全に無くし惰性で足を運んでいる状態であった。

 昼食の後、歩きだして3時間。目標とした「つげ尾」までやって来た。標準タイムより5割増の遅れである。みんな疲労困ぱい、やっとここまで辿り着いたという顔をしている。

険しいい経ヶ岳は取り止めたにしても、まだこれから急勾配の大払の下りが控えている。沢のガレ場で雨に濡れた不安定な路は気が抜けない。

気分転換と水分補給のため20分の休憩をとった。余分に持っている水はここで捨て身軽にした。担いでいた水は調理と飲料水に殆どを使い、捨てる水はわずかしかなかった。

黒木登山口に着いたのは18時10分、「つげ尾」を発ってから1時間50分の道程であった。これは登りの所要時間よりも長いタイムである。滑らないように注意しながら慎重に歩いた証拠である。

登山口に置いている車を見たとき、安堵感と疲れが一度に噴出し、あと数十メートルの区間を長くながく感じた。

指折り数えてみれば、ゆっくりと休憩をとったものの11時間の苦闘であった。

屋久島縦走は、これほど過酷な行程ではない。きょうのハードなトレーニングが心の支えとなり、安心して楽しい屋久島の山歩きになることを願っている。

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