龍ヶ岳(天草上島)

H14・3・17  参加者20名

 これまでもそうであったように、たぶんこれからも天草というところへは行く機会はないだろうと思うと、未知の山への憧れと天草という島に一度は行っておきたいという思いにかられた。またこの機会を逃したら再びチャンスは来ないような気もした。

龍ヶ岳登山計画を会報で知った会員から20名もの申し込みがあった。普段の参加申し込みからすると倍以上である。私と同じような思いで参加した会員もいたに違いない。今回の登山は中型バスを貸し切っての出発になった。

諫早を6:30に出発、島原半島の突端口之津港には1時間で着いた。ここから対岸の鬼池港まではフェリーで30分である。

フェリーに乗り込んでみると乗客は少なく私たちのグループが半分を占めていた。客室の一箇所に集まるように指示があり、今日の行動予定をリーダーが説明した。私はリーダーの声が聞こえる範囲内でその集団から離れ、家内が作ってくれた朝食を食べながら話しを聞いた。。ほかには船で朝食を摂る人はいなかったから出発前に自宅で食べてきたのであろう。

鬼池港に上陸、本渡市を通り過ぎて再び海岸線を車は走っていく。諫早から口の津港までの道路もそうであったが海岸線を入江に沿って蛇行しながら前に進んで行くから景色に変化があり眺めていて飽きがこない。日常の生活では見られない漁港や砂浜には魅せられるものが多い。

3月の中旬とはいえ、もうすっかりサクラの季節である。道路沿いの山桜の大木が道の上に覆い被さり、その下を通り抜けるときは一足早い花見気分を味わった。

9:35龍ヶ岳町の脇浦に着く。ここが今日の登山口である。国道266号線に路線バスの停留所があり『龍ヶ岳登山口』の標識が建っていた。

国道沿いにある天草消防分署の脇の空き地でストレッチ体操をしたあとザックを担ぎ出発したのは10:00であった。

バス停横の小さな食料品店のおやじさんに山頂までの時間を尋ねたら一時間で登れるという。登山書では一時間三十分になっていたからどちらが正しいのか分からなくなった。出発地点は海岸で海抜ゼロメートル、龍ヶ岳は470メートルの高さで正味この標高差を登らなければならない。470メートルの標高差を1時間で登るのはこのパーティーでは無理ではないかと思いながら登りはじめた。

案内地図板が建っているところからいよいよ山道に入る。そこには大輪の椿が咲いていた。道には落ちた花が重なりそこら一面を赤く染めていた。20分ほどで山の神の祠に辿り着いた。一本杉の鬱蒼と繁った大木の下は薄暗いところで、その杉の根元に祠はあった。その薄暗い雰囲気が何となく神秘さを醸していた。


一本杉の大木
山の神の祠は向こう側の根元にある。

登山道は九州自然歩道になっていて疑木の丸太で作った階段が続いた。

山登りをするものにとって階段は歩きにくい。早く自然のままの道になってくれと願いながら歩き続けたが山頂に着くまで階段の連続であった。

持って来た二万五千の地図の登山道と現地の自然歩道はまったく位置が異なっていた。この状態では地図がなくても、よく整備された道だから迷う心配はないが至りつくせりの道は味気なく面白みが薄れる。

 

途中から見上げた龍ヶ岳 階段続きの登り坂

 山頂に11:30到着した。登山書にあるコースタイムと同じ時間かかっていた。あの店屋のおっさんは一時間で登るというから健脚な人に違いないと思った。

山頂の眺めは、天草諸島、八代海、眼下には椚島、樋島が浮かび天草上島の観海アルプスと言われているだけのことはある。素晴らしい眺めだ。


山頂から眺めた椚島、樋島
八代海の先は水俣辺り

作詞家の野口雨情もこの山に登ったのであろうか、

『阿蘇や雲仙、霧島までも龍ヶ岳からひとながめ』という野口雨情の碑があった。

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