自分の足で降りらんばねぇ

多良山系(佐賀・長崎県界)『横峰越え〜

五ヶ原岳(1058m)〜西野越え』縦走 (H1211・12)

長崎県勤労者山岳連盟主催の「紅葉祭り」が行われ、私は紅葉祭り二日目の横峰越え〜五ヶ原岳のコースに参加した。

このコースを選んだのは、まず初めてのコースでいつか登ってみたいと思っていたこと。次に腰を傷めたあとの体調を確かめるには手ごろの縦走時間であること。またこのコースは急坂を降る個所が多いと聞いていたので降りが苦手の私には訓練になるなどと、幾つかの課題を試してみる機会であったからである。

朝から山には雲が低くかかり、今にも降りだしそうな天気である。それに昨夜からの急な冷え込みは今朝も続いて黙っていると体が震えてくる。

出発時間の8時になったが人員確認などに手間取りなかなか出発しない。足踏みしたり、両手を擦ったりして身体を温める。

25分過ぎ、やっと出発である。これが「長崎時間」の8時だ。

これまで同じ会員とだけしか登ったことがなく、ほかのサークルと行動を共にするのは初めてで、どのくらいの速さで歩くのか、最後まで付いて行けるか、あれこれ考えると緊張する。

歩き出してみると思ったよりゆっくりペースで、逆にもう少し早いのがいいな、と思いながらパーチィーの真ん中あたりに付けた。

なだらかな道が続く。沢を跨ぐ木橋に差し掛かったところ「腐っているかもしれないよ。つながって渡らないで!」の注意に2〜3人づつがおっかなびっくりで足早に通り過ぎる。

手入れをした杉林、自然林と交互に樹木は変化していたが、まったく手入れ無しの杉林に差し掛かると、突然周りが暗くなりトンネルを抜けるようで不気味である。

間伐してないため密植になり、青い葉っぱは梢のあたりだけ、陽のあたらない枝は根元から黒っぽい枯葉を付いている。今日は17名で心強いが一人だとこんな暗いところは怖いなあ、と思いながら通り抜けた。

かじかんでいた指先がやっと温まってきた。時計を見ると歩き始めて20分が過ぎている。林道出会いまでは緩やかな登りで楽だった。これから先には植林はなさそうである。時折、樹間の切れ間から谷向こうの斜面に赤く色付いた樹が見える。まだ標高が高くないのでこの辺の紅葉は遅いようである。

横峰越えまで来た時にやっと体が温まり、身体が汗ばんできた。

「ここから五ヶ原までは急登です。岩場が二ヶ所ありますから注意してください。ゆっくりと登りましょう」リーダーの説明に、腰の痛みもなくここまで順調に着たが、これからが本番だな、と気を引き締め前の人の足元を見ながらついていく。なるほどガレ場あり、岩場ありで急な登りだ。

海抜800M付近の原生林には、形、葉っぱの大きさがそれぞれに違ったカエデが、黄色、赤と樹ごとに個性ある色付きをしている。先頭が滞って動かなくなった。それもそのはず上を向いて「まぁきれい」と感動している。「そうだよな、今日はモミジ祭りの登山だから、観賞第一か」納得して一緒に眺める。

三人組の別のパーティーが足早に追い越し、消えていった。この人たちは何かの目的があって急いでいるのだろうか。同じルートを登るにしても目的によって登り方に違いがあるものだ。

尾根に出ると、西風が下から吹き上げ梢をゆすり騒がしい。顔や手が風で冷え痛く感じる。

五ヶ原岳(1058m)に11時15分に着いた。標準時間よりもかなり遅い、1時間もかかっている。登ることより、眺め、見惚れることの繰り返しだったからこんなものだろう。

大村湾、橘湾、有明海と一望できるはずの山頂はガスで視界はゼロである。

ここで小休憩。昨夜のキャンプファイヤーで焼いたという『冷たくなった焼き芋』を分けてもらい食べた。貰うときに「これは宮崎から取り寄せた芋だそうですよ」この一言がなお一層美味しさを倍加させた。

風が強く、ここでの昼食は諦め中岳に下りることになった。途中で東側の風があたらないところで食べるのだという。話に聞いていたがなるほどここからは急な降りである。いたるところにザイルが張ってある。足場はガレ石の上に落ち葉がかぶさり怖い。前を眺めるとほとんどの人がザイルを頼りに降りている。

私のすぐ後ろにいた50前後のおじさんが「ザイルに頼らんで、自分の足で降りらんばね」独り言のように呟く。私には聞き取れたが私より前の人にはたぶん聞こえていないだろう。この言葉を聞いた以上、もうザイルに頼るわけにはいかない。『できるだけ自分の脚で』と頑張った。

中岳の手前で昼食の声がかかる。ここは風を遮り暖かいところである。登山道に長く散らばって弁当を開いた。キャンプ地から勝手に付いて来て、先導していた犬は餌の掻き入れ時である。たぶんこの食事の時間を楽しみに付いて来たのだろう。尻尾を振り物乞いする。「お座り」、「お手」、昼飯にありつくには人間様の要求に何でも応える。

首輪がついているところを見ると飼い犬に違いない。飼い主にとっては、散歩をさせることも、餌を与えることもしなくてよい、御利巧な犬に違いない。今日は17名も先導してきた甲斐があって、大勢の人からおすそ分けがあった。

食事が終わると女性たちのコーラスが始まった。昨夜の「うたごえ」で初めて発表されたばかりの『多良岳讃歌』だそうである。歌詞も曲も滑らかで山にふさわしい耳ざわりのよい歌である。

中岳目ざして出発、山頂に10分で到着した。ここからまた急な坂を降りることになった。林が途切れ、真向かいに金泉寺が見える。山腹に紅葉がまだら模様をなしている。しかし、まだ早いのかもう一つ美しさに迫力がない。前方の左端の稜線上に四角な束子を乗せたような山がある。尋ねると経ヶ岳だそうである。あれが?萱瀬ダムのほうからは鋭角に尖った三角の山なのに、東側からの姿はこんな形をしていたのか、まったく別の山のようでびっくりした。やはり大村方面からの姿が勇壮だ。

坂を降り再び登りに差し掛かってから10分ばかりで大きな岩が張り出しているところに来た。岩の上は3,4人が立てる広さである。ここからは先程登ってきたばかりの五ヶ原岳の東斜面を見上げられる位置になる。

先程見た金泉寺あたりの山腹とは違って、西風の吹きさらしから逃れ、落葉しないで残っているのか、見事な紅葉の山肌である。ここでも「きれい、美しい、すばらしい、」と思い思いに感嘆しながら交代で眺めた。ここに来て、初めて今日の山行に参加してよかった、と冷たさも疲れも忘れ満足した。

西野越えまで昼食後1時間かかった。ここから八丁谷までは下りである。キャンプ場を出てから5時間歩いたことになる。腰の痛みも脚の痛みも今のところ感じない。5時間の疲れがこの下りでどう影響するのかが問題である。このコースは何回も往復して地形の把握はできている。慣れによる気の緩みに注意しながら足元を確かめ降りた。

オオキツネノカミソリの群生地は、花のシーズンの華やかさは跡形もなく、静かに冬ごもりに入っていた。「来年また見に来るからな」心で声をかけ、あとにした。キャンプ場に辿り着いたのは予定時間ちょうどの3時。無事に到着した。

心配した腰の痛みも、脚の痛みもなかった。今回はゆっくりペースで、完全に回復したかどうかは確かめられなかったがとりあえずは一安心である。コースも知ったことではあるし、今度は標準のコースタイムで縦走できるかどうか確かめてみよう。

        おことわり

今年11月は、体調不調で山行に参加できませんでした。
 このエッセイは、去年11月に行われた長崎県勤労者山岳連盟主催の「紅葉祭り」に参加したときのものです。

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