力 の 差

        平治岳(1642m)  H13・10・16〜17

        天気 2日とも雨  参加者 3名 

ベテランと同行して何処まで付いて登れるか、自分の力を試す機会だと思った。

それにしてもこの雨では気が重い。

山行途中で雨になったのならば諦めもつくが、出発前から降り続き、この後23日は台風21号の影響で大雨になるという予報だから気が進まないのである。

予報通り、今朝も雨だった。昨日昼から諫早を発って久住・長者原にテントを張り一夜を過ごした。

細い雨は樹林で受け止められ、梢を伝わって大粒の水滴となり音を立て地面に落ちる。この雨音は夢うつつのなかで朝まで途絶えることはなかった。

レトルトご飯を昨夜の「キムチ鍋」の残りと一緒に腹に詰める。

今日の目的はピークを極めることではない。2週間後に予定している登山教室の最後の仕上げ「野外教室」の現地下調べである。

バスは何処まで行けるか、駐車場はあるか、コースの危険個所の有無、コースタイム、と調べることは多い。

今日のリーダーは、世界最高峰・キョモランマに登った川原さん、サブは日本アルプスすべて踏破したという角井さんである。その中に登山歴わずか2年目の私が割り込んでいる。私は下調べというよりこの二人から今日は何かを学び取るつもりでいる。

大船林道は、国道から入り込むとまもなくしてゲートで遮断され、車はここで行き止りになる。この付近は緊急車両の通過のため駐車禁止区間である。方向変換して500mばかり戻り駐車場らしい広場で降りる。

ガラスを割り車上荒らしが発生しているので、貴重品、キーなどは車の中に置かないように、と看板が建っている。何となく物騒な雰囲気だ。

ゲートは鳴子川の橋を渡ると対岸の橋台にある。ゲートを右に廻り込み中に入る。地図では登山ルートは林道だけしかないがこの出発地点から右に赤い布をくくり付けルートであることを示した別の道がある。林道は大きく迂回して山頂へ登るようになっているからこれは近道らしい。

この道を鳴子川沿いに進むことにした。岩にぶっかり牛乳のように白くなった水はごうごうと音を響かせ流れ下っている。その流れに逆らい川の傍を登っていく。迂回している林道と出合ったのは30分後であった。

私が先頭に歩くように促され、ベテラン二人から後をつけられてはいつものペースで登るわけにはいかない。自分ではかなり頑張って歩いたつもりである。いつものペースだと40分はかかったであろう。

しばらくの間、幅広い林道を緩やかに登っていく。この林道は平治岳の裾野を左に大きく巻き込む形になっている。林道の終点はかなりの広さでマイカーなら20台は駐車できる広場になっていた。林業関係者の作業場でもあるのだ。

歩き始めて50分、ここまで来る間、樹林のなかを歩き通しで視界は開けなかった。たとえ視界の利く地形であっても、今日のこの天気では眺望は利かないから同じことではある。

ここからは低木の枝を掻き分け、あるいは背の高い熊笹の道を進んだ。上から落ちてくる雨滴よりもクマササや低木の雫で頭から水をかぶった状態になる。コースは緩やかなアップダウンが幾つかあって比較的に楽な道である。

坊ガツルから大戸越に登るコースと出合うまでは平治岳を依然として左に巻き込む形で歩いて来た。

これからメーンコース。しっかりした道標が建っている。しかし、道は岩魂を避けあるいは踏んで進む登り坂で険しくなった。

「これからは私が先に登りましょう」と川原さんが交代した。私は最後から付いて行くことになった。しばらくの間後をつけていたが段々と遅れた。離れまいと急いで足を交わすが息が苦しく足が上がらない。

いつのまにか自然林は低木のヤブから大きな喬木に変わり所々に紅葉が見える。足を止め、息を整えながら紅葉を眺めた。そのうちに前の二人の姿は見えなくなった。

 疲れを癒してくれた 紅葉

あの二人に付いていくのは悔しいが無理だ。もともとキャリアが違うから自分のペースで無理なく安全に登ろう、と気持ちを切り替えた。

大戸越に着いて時計を見ると1120分。私が来るのを二人は待っていた。

「どうします?平治岳まで登りますか」川原さんは私に問いかけた。

この問いかけは、私にまだ登る余裕があるのかという意味と、この視界が悪いのに山頂まで登っても仕方ないがどうしますか、という二つの意味が含まれていると思った。

歩く足は遅いが身体の疲れは感じていない。たぶん次の「野外教室」では平治岳まで登る時間的余裕はないだろう。せっかくここまで来たのだから山頂の視界は悪くてもよい。この際、山頂の標識と三角点を撫でるだけでもしておこうと思った。

山頂まで登ることにして、行動食を取り出し、腹ごしらえをした。

「ここからはヤブで濡れるから雨衣のズボンを着て下さい」

何回もこの山に登っている川原さんは二人に指示した。ここまで来る間にズボンはすでに濡れている。いまさら着るのもどうかと思ったが、これ以上に水が沁みこみ、靴の中に入り込んではいけないからという川原さんのアドバイスに納得してズボンをはいた。

ここ大戸越は高い樹木は無く、背の低い草とミヤマキリシマが生えている。

この草とツツジの低木の道が平治岳の山頂まで続き、その間を掻き分け腰の辺りまで浸かって登るのだという。

再び川原さんを先頭に、角井さん、私という順番で出発した。

雨は強くはないが相変わらず降り続けている。天気がよければ雄大な姿を見せてくれるはずの大船山も高塚山も中岳も、そして三股山もガスで見えない。

 中腹まで登ったところで再び二人から遅れ、姿が見えなくなった。

休憩を兼ねて、登って来た跡を振り返ってみた。斜面一面がミヤマキリシマの群生で緑に覆われている。6月の花の時季はさぞきれいだろうなと想像し、「また今度やって来るぞ」と来年へ闘志を沸かせる。

再び向きを変え、岩場のザイルを頼りに高度をかせいだ。頂上にやっと辿り着いた。二人は待っていてくれた。

「どれくらい待ちました?」私の問いに角井さんは「5分ぐらい前」と言った。私は25分かかってここまできた。20分の区間を5分の遅れだと1時間で15分の差になる。距離にして相当の開きが出る。自分の未熟さを思い知らされた。

「標識と三角点は何処ですか」と大きな岩の周りを探そうとしたら、平治岳はまだ10分ぐらい先ですと言いながら二人は先に歩き出した。

ここからは平坦で楽だった。平治岳からの眺めは予想どうりガスで周りは見えなかった。念願の標識と三角点をなで記念に写真を撮った。

平治岳山頂

予想どうりガスで周りは見えなかった。

帰りは坊ガツルまで一気に降った。帰りは完全に遅れ、一人旅になった。避難小屋に着いたのは1時間10分後であった。二人は1時間足らずで非難小屋に着いたと思われるが、そのことはもう尋ねなくても答えはわかっている。

雨にむせぶ坊ガツルの草原は、茶褐色に染まり栗毛色の馬を連想した。

ここから駐車場までの1時間30分の道のりは水浸しで小川を歩くような山行であった。

 雨に打たれひっそり とした「坊がずる」

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