三俣蓮華岳・双六岳も通り越して (7月27日ワサビ平小屋泊まり)
                         最終回          写真は文末にあります。

黒部源流から視界が利かない谷間を40分かかって、二日前泊まった三俣山荘に着いた。山荘に預けていた用具を受け取りザックに詰めた。

雲の平から案内してくれた川原さんとはここでお別れだ。
 「この近くに珍しい石があるから案内しよう」と言いながら川原さんは先になって歩いた。コースから離れて奥まったガレ場に周辺の石とは色が違った岩塊があった。

楕円形で長辺は1.5m、短辺1.0m程の緑ぽい石である。周辺の岩は白味をおびたものが多いがこの石だけは緑色である。全体に丸い形になっているのは山頂付近からこの位置まで転落してきたからではないだろうか。その山頂は三俣蓮華岳だ。石の表面には大小の丸い輪の模様が幾つもついている。「球状緑星岩」だと聞いて、なるほどうまい表現(名付け)だと思った。

太陽を背にしてガレ場を登り蓮華岳と双六小屋の分岐で一息入れる。ここから見上げると三俣蓮華岳は岩の重なり合った険しい山だ。鷲羽岳から眺めた緩やかな感じとはまったく違う。険しくても20分で山頂に着くのだからと気を持ち直し登り始めた。

途中、カールに咲く黄色のシナノキンバイや白いハクサンイチゲの見事さに足を止める。同僚はシャッターを切っているが私は基盤(フイルム)終了で撮ることもできず目の中に収めておくしかない。

10時15分、三俣蓮華岳の山頂に着いた。今日の天気は快晴で360度見渡せる。黒部五郎岳を起点に右へ薬師岳、手前には雲の平、祖父岳、水晶岳、ワレモ岳そして鷲羽岳。見る位置によって形は違うが、3日間も見ていると身内のような感じがして親しみがある。

三角点で集合写真を撮るためシャッターを押してくれる人を探した。男性二人と女性一人が別々に休憩していた。三角点からは30mばかり離れたところで雲の平を眺めている女性にお願いに行った。

「私はこちらの方向に降りますから」と断られた。三角点は女性の位置からはこれから彼女が降りようとする反対方向にある。歩くのを断るぐらいだからこの人は疲れているのだろう?いや5日間も無精ひげを生やしてむさ苦しい顔をしている私を怪しんで断ったのでは、と思いながら情けない気持ちで引き返してきた。

女性に頼み事をするには男性がよかろうと気を遣ったが裏目に出てしまった。結局は自分達同士で交代して撮るはめになった。

気を取り直し双六岳に向かって出発する。しばらく緩やかな降りが続き、稜線沿いの道は白くはっきりと見える。眺めを楽しみながら歩きたいが足元は狭く凹凸の路ではそういうわけにもいかない。

太陽は真上から照り付けてくる。大分気温も上昇してきたようだ。稜線の左側の路は下から吹き上げる冷風、稜線から少し右側の路に変わると無風状態でサウナ風呂に入っているような蒸し暑さである。

冷風と蒸し暑さを繰り返しながらいくつかのピークを越えて双六岳まであとわずかのところで腹が減って元気が出ない。時計を見ると11時30分。ひもじいはずだ。6時に朝食を摂ってから5時間半が過ぎている。しかも朝食は山荘で作ってくれた弁当を半分食べてだけである。

道幅の広いところに座り込み残りの弁当を開いた。太陽に背を向けるような格好で座ると正面はさっき登った三俣蓮華岳である。その右には祖父岳、鷲羽岳とこれも二日前に登った山で「あの山に登ったのだなあー」と感慨にふけりながら食べる。

白い夏雲は浮いているがこの3日間では最高の天気だ。蒼い空の下にどっしりと鎮座した山々は曇り空の景色とは違って緑を発散しまた格別である。

美しければ美しいほど、もう二度とこの景色を見ることもあるまいと、つい感傷的になってしまうのは歳のなせる業なのだろうか。

双六岳山頂に着いて、あそこで昼食をしておいて良かったと思った。わずか15分の登り坂だったがガレ場の急坂で空腹ではバテてしまうところだった。

山頂は広い。たくさんの登山者が思い思いの方向を眺めている。
 まず標柱をバックに集合写真を撮った。今度は女性が男性にシャッターをお願いした。快く引き受けてもらった。黒部五郎岳方向を向いて絵筆を握っている女性がいる。近寄って絵を見ようかと思ったが人相が悪くてまた怪しまれると情けない思いをするのでやめた。

双六小屋に下る方向に移動してみた。なだらかな岩レキの平原である。その稜線の向こうには槍ヶ岳が聳えていた。平原にはこれから下りようをする双六小屋に通じる路がはっきりと糸を引いている。

双六小屋に着いたのは13時20分。うどんを注文して腹ごしらえをした。
キツネうどんのアツアゲの塩辛いこと、一口食っただけで残した。うどんだけ食べて汁も残した。料理人は塩分補給のことを考えて作ってくれたのだろうが塩辛くて口に合わなかった。

リーダーはこの小屋の管理人に頼んで鏡平小屋宿泊りの申し込みをした。鏡平小屋は今夜団体客で混み合っているとのこと、布団一枚に3人寝ることになるがそれでも良いかという返事である。とりあえず予約はしておいた。

その後みんなで相談した。まだ時間的に早い、鏡平まで下りてみて次のワサビ平小屋まで下りる余裕があれば一気に下りてしまおう。少し無理してもゆっくりした寝床がいいと言うみんなの意見だった。

ワサビ平小屋まで下りるとなるとこれから5時間はかかる。とりあえず鏡平に着いてから次の判断はしようということで気分を引き締め出発したのは14時10分であった。

朝からのゆったりした山を楽しむ気分は吹き飛び、時間を気にしての歩きになる。双六小屋から弓折岳までは幾つかのピークを越える登りが続く。これから先は来る時にゆっくりペースで周りを堪能し登っていたのが幸いして、足早に通りすぎても不満はなかった。鏡平には15時50分に到着。予想を上回る速さで歩いている。

鏡平小屋は団体の登山者で溢れてた。ベンチで生ビールを飲みながら歓談しているグループ、名物の掻き氷を食べている人と賑やかである。
 この登山者の多さに圧倒され、このグループと今夜一晩寝床をともにするのかと思うと憂鬱になる。あと3時間頑張ってワサビ平まで下り、ゆっくり最後の山小屋を楽しもうとみんなの意見は一致した。この小屋から無線でワサビ平小屋に19時ごろ到着する旨を連絡してもらい、夕食の準備も予約する。

そうと決まればこれからまた3時間歩き続けなければならない。今朝は5時から歩いている。途中休憩時間はとったにせよ、延べで10時間は歩いている。

楽な寝床に寝るためにあとひと踏ん張りだ。女性3人は3日前ここの名物掻き氷を食べたいとリーダーに申し出たが先を急ぐから帰りにしなさいと拒否されてお預けになっていた。今度こそはとリーダーに申し出たが19時までに小屋に着きたいから掻き氷を食べる時間はないとまたもや拒否され、未練を残しながらの出発となった。

幸いにこれからのコースは下りで楽である。ただ黙ってリーダーの後から付いて降りた。時計を見ながらあと何時間歩けばすべては終わると、残り少なくなっていく時間を楽しみに足を運んだ。

今日の最終目的地、ワサビ平小屋に到着したのは18時45分であった。
14時間の長丁場に耐えてきた自分の忍耐強さに驚き、そして自分に感謝し、充実感に浸りながら靴の紐を解いた。

こうして初めての北アルプス山行は終わった。


    球状緑星岩

三俣蓮華岳に登る途中のお花畑、お花がはっきりしないのが残念。

         キヌガサソウ

  クルマユリ。3〜4センチの小さな花びら


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