鷲羽岳・祖父岳を歩く   (7月26日雲の平山荘泊まり)

今朝は遅い出発になってしまった。遠望の槍ヶ岳、近くの双六岳は朝日をまともに受けて輝いている。ここ三俣山荘は東側に屏風のように立ちはだかる鷲羽岳に遮られ陽の出が遅い。

Cさんの巻き道を通ってでも、雲の平の庭園を見に行きたいという望みは、残された日程と今夜から雨になりそうな予報を考慮し、サブリーダーが付き添い一つでも先の山小屋まで下山しておくことになった。

8名のパーティーは二日目にして5名になってしまった。山登りはまったくトラブルがないとは言えない。しかし、トラブルが起こることはめったにないし確率も低い。それが初日で二人もリタイヤするとは残念である。

お互いに気をつけよう、と挨拶を交わし両方に分かれた。
 山荘を出てほんのしばらくは緩やかな降りでハイマツの間を縫って行く。登りにさしかかったところで鷲羽岳を見上げた。ひっくり返って見なければならないほどの急な坂だ。ガレ場で山肌は今にも転げてきそうな岩塊の積み重ねである。

先に登っている人影が小さく動いてその動作は亀に似たゆっくりとした足取りである。ここを登るのか?足を踏み外して転落すれば人生の終わりだな、気持ちを引き締めて慎重に足を交わす。周りを眺める余裕があればたぶんいい眺めだろうが足を下ろす場所を探すのが精一杯である。足元に集中していたほうが周りの険しさに怯えるよりも楽なようでもある。

体調は良い。息切れも足腰の痛みもない。一回目の休憩で振り返って眺めた。谷底には昨夜泊まった三俣山荘の赤い屋根が小さく見える。目の高さの位置は三俣蓮華岳の中腹である。ハイマツの緑がいっぱいに広がって登山道の部分だけが白い糸をくねらせたようにして続いている。

良く見るとAさんとCさんらしい人影がゆっくりと動いている。たぶん下山する二人も私達の登る様子をあちらから見ているであろう。何となく自分たちだけ予定のコースを進むのが申し訳ない気がした。

二回目の休憩で槍ヶ岳の姿を写真に収めた。東のほうから雲が湧き出していたからいまがチャンスかもしれないと思った。 その判断は当たっていた。山頂に着いたときには槍ヶ岳は雲に隠れていた。
深田久弥はここからの眺めを次のように書いている。
『ここから第一等の眺めは槍ヶ岳で、槍を望む所は方々にあるが、ここほど気品高く美しく見える場所は稀だろう。その遥かな岩の穂がこの池まで影を落としにくる』しかし、今日の槍の姿は雲の中であった。

山頂に辿り着き、鹿児島県・高千穂峰の急登と比較してみた。高千穂河原から高千穂峰へ向かう道は軽石が多く三歩登って二歩後退する難儀なルートであった。ここ鷲羽岳はガレ場ではあるが足元が安定して後退することはなかった。その点エネルギーを無駄使いしなかったのは、この先の行程を楽にこなせそうである。

ここまで1時間30分で到着している。15分の休憩で8時10分にワレモ岳に向かった。尾根伝いの道がはっきりと見える。行く手右側は削ぎ落とされた急斜面である。今のところ雲は出始めているが風はない。もし風雨の日であったら何も遮るものがなくて、とても歩くことはできないだろう。天気に恵まれ幸運だった。

行く手正面には水晶岳が、その先には赤牛岳がでーんと構えている。左に目を移すと、遠くに薬師岳、すぐ近くに祖父岳、その先には黒部五郎岳とどの山もそれぞれに個性をもっている。このなかには深田久弥が選んだ日本百名山もあり、そうでない山もある。私がいま見る限り、甲乙つけがたい風格の山ばかりだ。

道幅の狭い従走路が続くワリモ岳には8時45分着いた。ここからは降りになる。山腹を巻いた路は道幅が狭く歩きにくい。ワリモ北分岐を通過して水晶岳に向かった。山腹を右側に回りこんだところでザックを降ろして休憩する。

9時半になっていた。水晶岳まで行ってここに戻るのは3時間後になりそうだ。
このころから青空が消え厚い雲が重なってきた。
 リーダーはみんなの意見を聞いた。行こうと思えば充分に時間はある。しかし、出発前の天気情報だと午後からは雨を覚悟しなければならない。

水晶岳を取りやめ早めに今日の宿泊地雲の平に着き、庭園の散策を今日中に終えておくか、水晶岳に登り夕方雲の平に着いて、明日庭園の散策をするかの二つに一つである。

女性3人は今日中に庭園散策をしたいという意見だった。天気のことを思うとそれが安全な策である。私はもう次に来る機会はないだろうから、お花畑より水晶岳を選択したかった。女性はお花畑を、男性は山をと考えるのは性がなせる仕業かも知れない。

水晶岳は断念、引き返すことになった。目の前にして退却するのは残念である。ワリモ北分岐に戻ってきたのは9時50であった。あらためてこれから行く祖父岳を見た。ワレモ北分岐から見ると稜線の起伏は緩やかで楽なコースに感じた。それは祖父岳よりも今立っている位置が少し高かったからである。

岩苔乗越まで一旦降りてから当分は緩やかな登りだったが祖父岳に近づくにしたがって急な岩場になり予想外だった。岩場に一塊になって薄桃色の花が咲いていた。山頂に着いてから尋ねたらハクサンフウロの花だという。

なだらかな山頂はケルンが多い。黒味がかった雲に覆われているからか山頂全体が黒い感じがする。よく見ると露出した岩も積まれたケルンも黒かった。

11時を過ぎたばかりだがここで昼食にする。これから先の行程は充分余裕がある。お湯を沸かし、お茶、コーヒーをゆっくりと飲むことにした。コンロを据える水平な場所を探すのに時間がかかった。見つかった所は横風が吹き具合が悪い。ザックを持ってきて風を遮った。コーヒーを飲みだしたころ雨粒がポツリポツリと落ちてきた。朝の天気予報が的中したのかな、こんなものは外れたほうがありがたいのに・・・・・。

コーヒーを味わう暇もなく店開きしていた道具をザックに詰め込んだ。昼食時間を短縮して今日の宿泊地、雲の平山荘へと急いだ。
         

 
     鷲羽岳中腹から槍ヶ岳を望む

     鷲羽岳から水晶岳を望む

     鷲羽岳から薬師岳を望む

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